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大手予備校は授業中の雑談を解禁してください

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高3の春、私は大学受験のために大手予備校である◯台予備校に通い始めました。高校在学中では初めての塾通いだったのでどんな環境になるんだろうと不安に感じながらも、魅力的な講義が受けられるとワクワクしていました。


一番最初の授業で、生徒たちが少しも楽しくなさそうに講師の話を聞き、黙々と板書だけする風景に絶望しました。


勉強ってそういうものなのか、受験ってそういうものなのか、と悲しくなったのを今でも覚えています。
勉強って1人で理解して、1人で進めていくものなんでしょうか。

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弱小塾と大手予備校


私は高校受験の際にも塾に通っていました。大学受験と同じく受験の年である中学3年生になってからです。そこは地域密着型の小さな塾で、ほかの名だたる塾と比べると存在感はとても薄い方でした。


私は入ってすぐにその塾が好きになりました。友達が一緒に受けている、他の学校の人と知り合える、なんてことよりも、とにかく授業中だろうといつでも、なんでも講師に質問でき、友達と問題について話し合うことができたのが理由です。


講師の説明でわからないことがあればその場ですぐに質問できました。また、問題を解く時にうまくいかなければ周りの友達と解決案を練ることができました。最低限の礼節を除いて、その塾では授業中の雑談が解禁されていた、と言ってもいいかもしれません。


私はそんな”勉強の雑談”が大好きでした。先生に質問し、友達と話し、理解できた時には、理解できた喜びとともに知識が頭に定着するのを子供ながら(今も子供ですが)に感じていました。あれやこれやと話しながら、自分の中に”納得”を貯めていく楽しい時間でした。


どんな質問にもその場で真摯に応えてくれる講師たちの熱意もあり、その塾は規模は小さいながらも素晴らしい合格実績を毎年出しています。楽しい(=Interestingな)勉強を提供してくれたその塾は、今でも最良の学びの場だったと思っています。



勉強っぽい勉強って勉強なんだろうか


高校受験時に通っていた塾での勉強は、勉強っぽくない勉強だった気がします。授業中に笑いが起きるのは日常茶飯事でしたし、時間割の教科と一切関係ない話題も登場したりしました。別に生徒みんながケジメをきちんとつけられる訳ではないので、くだらない雑談をして怒られたりすることもあります。


そんな勉強っぽくない勉強も家で1人黙々と机に向かうよりずっと効果がありました。知識が増えているのを実感したのは、テスト中に「あ、これ塾でやった問題だ!」っていう瞬間が何度もあった時です。進◯ゼミより圧倒的に結果にコミットしてました。はい。


逆に、いかにも勉強っぽい勉強は苦痛でした。きちんと机の前に向かって、きちんと教科書を読み、きちんとノートを書く・・・。側から見るといかにも勉強してるぜ!優秀じゃん!って感じの勉強はつまらないし、集中できないし、理解が進まない、三重苦でした。


こういった、パフォーマンスのような勉強って意味があるんでしょうか。


さすがに無くはないかもしれませんが、”楽しい勉強”に比べたら圧倒的に無価値に思えます。


勉強ってそういうものじゃないでしょう!ああでもないこうでもないと話しながら自分の納得と理解を積み重ねていく作業が学びなのではないのでしょうか。


上でも述べたように、理解できたという喜びとともに知識が頭に定着する、楽しかった思い出を伴って理解が増えていく、これが本当の勉強だと思います。



大手予備校は雑談を解禁してください


周りと関わり合いながら学びを深めた高校受験時の塾に対し、駿◯予備校での授業は苦痛でしかありませんでした。せっかく目の前にプロフェッショナルがいるのに誰も質問しないし、誰も周りと話し合おうとしない。自分が授業中に質問しようとすれば「授業の後に質問にきて」、ときた。


疑問が生じたその瞬間に質問をするのが理解を深めるための一番の方法なのに、なぜそれを拒否されなければならんのだ、と怒りがわきました。講師たちはいい講義をしているつもりでも、質問をこの場で聞いてくれなければ勉強っぽい勉強をしているだけの時間にしかなりません。


せっかく高いお金を払って予備校に通っているのだから、本当の学びの場を提供して欲しい、というのが今の願いです。


生徒も生徒で、わかったような顔で講義を聞いているのがウンザリでした。そもそも、いくらわかりやすい授業でも聞いた瞬間わかる訳がないと思うのです。


わからないからここにいるのにわかったフリをするのが理解できない。


こんな風に感じていました。聞いたことすべて理解できるなら、予備校なんて通わなくていいでしょう。わからないことが恥ずかしい、なんて謎の意識が生徒の中には蔓延っていました。


自分だけわかっていないのは恥ずかしいからわかったフリをする。すると周りはわかっている風に見えるからさらにわかったフリをする。そうして、その場で隣の人と話し合えば済む様な疑問も自分の中に溜め込まれ、理解の喜びも楽しかった思い出も感じられない。後になってから、1人で頑張って考えてみる、講師や友達に話してみる、なんて、めんどうくさくないですか。


そんな勉強はあくまで勉強っぽい勉強にすぎないと思います。難関大学の問題を見て、解説を聞いて、わかったような顔をすれば”勉強してる感”はありますが、そこには学ぶ楽しさも喜びも何もありません。


わからないから予備校に通っている、これはみんな同じです。みんながそれを理解して、授業でわからないところがあればみんなで解決する、という方法は目指せないのでしょうか。


中学生の勉強と高校生の勉強は違うところがあるのかもしれませんが、どうしても中学生時の塾のような学びを期待してしまいました。雑談さえ解禁してくれれば・・・。こんな思いを抱いたまま、結局大学受験が終わるまで大手予備校からは抜け出せませんでした。

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最後に


授業中に雑談をすることは計り知れない効果を持っていると今でも信じています。


大手予備校さん、ぜひ楽しい学びの場を。