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All For You

What you don't know is what you are to know

死ぬのって死ぬほど怖くないですか

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タイトルの通りです。

私は深夜寝る時間帯になるとつい「死ぬとどうなるんだろう」などと考えてしまいます。

そして深く考えれば考えるほど、死ぬの怖すぎわろたwww今寝て永眠したらどうしようwwwと震えながら眠れないループに陥るわけです。

みなさんこういう経験一度はしたことないでしょうか。私はしょっちゅうです。


割とコンスタントにこの恐怖を感じるのでそろそろ克服しようと今回は「死」について色々考えます。



死ぬってなんだよ怖すぎだろ

死ぬってめちゃくちゃヤバいって知っていますか。

今思いつくだけでも、

  • 人間生きてると100%死ぬ
  • どんだけ頑張って生きてても絶対死ぬ
  • 今まで死んでない人がいない
  • 臨死体験とかあるけど、本当に死んだ人は死んでる(哲学)
  • 天国とか地獄とか死後の世界がどんなものか、そもそもあるのかさえ一切わからない

ってすごくヤバいです。

不可避なのに誰も詳細を知らないというヤバさ。

このヤバさに寝る前の私はいつもノックアウトされてしまうのですが、中には死恐怖症(タナトフォビア、Thanatophobia)という症状に悩まされている人もいます。

「死の恐怖」が強迫観念のように付きまとい頭から離れなくなってしまうのですが、私も同じく電車に乗ることからスポーツをするに至るまで常に死の恐怖が付きまとっていたことがあります。



死を乗り越えてみたい

死がクソヤバいことである反面、案外「死」というのは身近にあります。

日常会話の中にも「死ぬほど辛かった」とか、あまり良くない発言ですがふざけて「死ねよ」と言ってしまう、など生きていれば何度出会う言葉かわからないほどです。

そういう「死」の概念と触れ合うたびに死の恐怖に苛まれていては生き辛いのです。

だから私は死を乗り越えたい!

なんでもいいから死に恐怖するのを脱却したい!

そう思ったので、逆に死についていっぱい考えてみることにしました。

逃げていては始まらないですから。



「死ぬ」=「無」なのか

死の恐怖の根源的なものは死んだ後、自分が「無」になってしまう恐怖だと思います。

そもそも死について正確に知っている人は(文字通り)この世に存在しないので、あくまで机上の空論に過ぎないのですが、

「死んだら自分の意識や存在は消滅する」っていうのが共通認識だとします。

死んだら暑いとか寒いとか、めんどくさいとか、時間経つの早い遅いとか諸々の感覚が無くなってしまうわけです。

やっぱりめちゃくちゃヤバくないですか。

死ぬと何も感覚が無いまま何十億年と時が過ぎていくってすごくヤバい。

何十億年が長いとかそういうのを感じることもなく「自分が存在しない」時が流れていくことに泣き出しそうになってしまいます。



「生きる」前は「死んでた」

でもよく考えてみると、私たちはその「無」である悠久の時をもう経験しているんですよね。

私たちが生まれる数十億年前、元祖地球が生まれた生まれないの時、私たちは1ミリも存在していません。

その間って死んでたことと変わらないんじゃないか、と私は思います。

だって138億年長すぎやろ!!って思いながら生まれた人いないでしょう。(いないですよね?)
※138億年はビッグバンから今に至るまでの時間と考えられています。

ビッグバンから地球誕生まで長すぎて辛い・・・とか氷河期マジで寒いって思う次元ですらないわけです。

これはもはや一度「無」を経験していると言っていいのではと私は感じます。



死ぬのが怖かったら

私は以下の2点を考えて「死への恐怖」が少し軽減されました。

  • 「無」って本当に無。「辛い」とか「怖い」とかそういうレベルじゃなく無。時間の感覚とかも無。
  • 宇宙が生まれてから138億年で一回「生まれてる」わけだし、未来が無限だったらもう一回生まれるでしょ。

暴論と楽観視のオンパレードですが、「死」について正確に知っている人はいないわけですし、このくらいを言ってもいいでしょう。



最後に

「死ぬ」のが本当に怖い人に、死を考えることは全くおすすめしません。

ですがこうやって考える人もいるのだなと思っていただければ幸いです。