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「努力の天才」なんていないことを証明してみました

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努力をする才能って一体なんなのでしょうか。

あるジャンルにおいて「才能」は見出されなかったけど「努力」することで大きな目標を果たした人は、「努力の天才」だとか「努力の才能があった」なんて評価されます。

では「努力の才能」ってどういうものなの、っていうお話です。ちなみに私はこの言葉が嫌いです。


褒めてるようで褒めてない「努力の才能」

「君には◯◯の才能がある。」こんな言葉をかけられたことのある人はごく少数だと思いますが、確実にこれってあなたを褒めてますよね。

人それぞれ違いがあるのは当然で、人より秀でたものがあるのならそれは素晴らしいことです。

じゃあ、「君には努力の才能がある。」これってどうなんでしょうか。

実体験なのですが、めちゃくちゃ、本当に字の通り死に物狂いで勉強して大学合格を勝ち取った時に、

「お前は努力の才能があって羨ましい」と友達に言われました。

一見これ褒めてるようですが、私からすると、必死に頑張ってきたこの何百時間は才能によって自動的に与えられてる、という評価を下されているようでした。

「努力」という誰もが持っている泥臭い選択肢に、天から与えられるキラキラした「才能」で蓋をして見えなくしてるように感じます。

「努力」は"プロセス"

努力の意味を調べてみます。

努力(どりょく)とは、目標を実現するために、心や身体を使ってつとめること。

努力 - Wikipedia

言い換えると、

何かを達成、成長するために「痛み」や時間等の「リソースの消費」を伴うプロセス

となります。

そして努力は常に何か目標のために行われるので、○○のための努力、といった対象が必要なんですね。

「才能」っていわば「経験値ブースト」

才能の意味を調べてみます。

さい‐のう【才能】

物事を巧みになしうる生まれつきの能力。才知の働き。「音楽の才能に恵まれる」「才能を伸ばす」「豊かな才能がある」「才能教育」

才能(サイノウ)とは - コトバンク

生まれつき何かに長けている、という意味ですが、才能が見えるようになるまでにはまずある程度の経験が必要です。ヴァイオリンを弾いたことがないのに才能があるかどうかはわかりません。

これを踏まえて言い換えると、

何かをする際、他の人ならば本来受けるはずの「痛み」、もしくは消費されるはずの時間等「リソース」が相対的に少ないが、人より早く成長、目標達成ができる生まれつきの能力、

という感じでしょうか。

あえて努力の定義と似た言葉を使っています。これらを組み合わせると、

○○の才能とは、○○のための努力の量が少なくとも、人より早く成長できる能力となります。

イメージはオンラインRPGなどの課金アイテム「経験値ブースト」ですね。

「努力の才能」って意味わかんない!

では本題の「努力の才能」に移ります。

さっきまでの定義を使って考えると、「努力の才能」の意味するところは、(努力は常に○○のための努力と使うことを思い出してください)

○○のための努力のための努力の量が少なくとも、人より早く成長できる能力

・・・

なんですかそれ

なにを意味しているか図りかねますが、無理に解釈すると「」(何か解釈を書こうと思ったのですが自分でも理解できないので誰かわかったら教えてください)

意味の理解できないものに価値なんてありません。

この世に「努力の才能」なんてなかったんです。





「努力の才能」はあります

詭弁です。「努力の才能」があることなんて普通に生きていれば当然わかることです。

「努力」と「才能」を言い換えた時点で微妙に意味が変わっていますし、実際「努力するために努力する」という一見無意味に見える行為は世の中で散見されると思います。

結局言いたいことは、確かに「努力の才能」や「努力の天才」は存在しますが、人の努力や自分の努力をその言葉で曇らせてはいけないということです。

厳しい事実ですが、「才能がある人」や「天才」は概して自分と違う次元にいるものです。そういう人たちに追いつくには努力の量を増やさなければいけません。

ただ、「努力をしている人」は自分と同じ次元にいます。「あの人は努力の才能があるから」という言葉は、自分と同じ次元にいないように見せかけて、自分の身を守る言葉です。


と、いうことで私に「努力の才能がある」といってきた秋元くんは反省してください。